私は大学でグラフィックデザインの専攻でした。当時、デザインの授業の中で「粗密」という概念を学んだのですが、これは今思えば写真においても応用できるのではないかと思ったので、今回改めて紹介したいと思います。
平面・立体コンポジションの重要性
当時の私のグラフィックデザインの先生は、デザインをとてもアカデミックに研究をされている方で、今思えばかなり独自性の強い授業をされていたと思います。特にそれを感じたのは、平面・立体コンポジションという実習です。それは美大でよく行われるような個性を伸ばす授業とは違うものでした。
デザインの要素の中には「美しさ」「心地よさ」「面白さ」の3つがあり、それはアートと違って作品に明確に優劣がつけられるのだというのが先生の主張でした。よくあるデザインとアートの違いについての話です。
先生はデザイナーにおいて、この平面・立体コンポジションこそが、最も基礎的な感覚であり、これがなければデザインの善し悪しさえわからないのだと繰り返し説きました。4年間、その先生のもとで訓練したこの平面・立体コンポジションの感覚は、今の私のデザイナーとしての感覚に大きな影響を与えたと思っています。
今回、この平面・立体コンポジションの中で、写真に応用できる概念があります。それが「粗密」です。
イラストやデザインの世界で割と出てくる様ですが、写真の世界ではあまり聞いたことがありません。だからこそ皆さんには紹介したくて今回取り上げてみました。
平面コンポジションにおける「粗密」とは?
それでは平面コンポジションの一例を紹介します。まずは以下の手順で図を書いてみました。
この図は両者とも同じ4本の直線で構成された図ですがいかがでしょうか? かなり印象が違いますね。アートの世界ではどちらも個性があって良いとされるかもしれませんが、デザインの世界では違います。明確に優劣がつけられてしまうんです。
さて、デザインの指標である「美しさ」「快さ」「面白さ」の3つを評価基準にしたとき、皆さんはAとBどちらが優れていると感じるでしょうか。おそらくAだと答える人が多いのではないかと思います。不思議ですね。なぜAが優れていると感じるのか? それはAの方が「粗密」がハッキリしているからです。
デザインやイラストの世界では、画面の中に情報が多い「密」の部分と、情報が少ない「粗」の部分を作ると良いとされています。Aの方は確かに面積の小さい部分が密集しているところがあります。ここが「密」です。これがアクセントとなって視線を誘導させています。同時に面積の広い部分である「粗」も確保されており、その対比でダイナミックな印象を与えています。反対にBはどうでしょう? 面積比の差があまりなく、何を主張しているのかがわからず散漫となってしまっています。奥行きも感じませんね。「粗密」があるかないかでここまで印象は変わってきます。これが平面コンポジションです。
フィボナッチ級数
「粗密」をつける際のポイントがあります。面積の小さい「密」から、面積の広い「粗」への移行にはフィボナッチ級数を用いるとさらに良いです。
少しだけ数学的なお話になりますが、フィボナッチ級数とは「2つ前の項と1つ前の項を足し合わせていくことでできる数列のこと」。具体的に言うと、「1, 1」から始まり、「1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89…」と繋がっていく数列です。
1辺の長さが1cmの正方形を2つ並べて、その横に1辺を2cmとした正方形をおきます。
今度は1辺の長さを3cmにした正方形を、次は5cmにした正方形を、次は8cmの正方形をというように、フィボナッチ級数の順番で螺旋状に配置していくと綺麗に長方形が大きくなっていきます。
実はこの作業を永遠に繰り返していると、黄金矩形に限りなく近づいていくんです。黄金矩形は縦と横の長さの比が1:1.618…の黄金比で作られる矩形です。そこから作り出される螺旋は、黄金螺旋と言われ、写真の構図の話で良く出てくるものです。皆さんも一度は目にしたことありますよね?
構図における黄金螺旋の話は過去の記事「どう配置する? 撮影時に知っておくと便利な12の構図」でも軽く触れていますが、人間が最も美しく感じる比率と言われています。
この黄金螺旋で構成されている正方形も綺麗に粗密が形成されていますね。 粗密をつけると美しく感じるというのはこの黄金螺旋からも証明できると思います。
この黄金螺旋が最も美しいとするならば、構成されている正方形の面積比に近い粗密を構成すれば、よりデザイン的に美しいと感じる構図ができると考えられるのではないかと考えられます。
写真での応用
さて、いよいよ写真での応用です。つまりここまでの説明で言いたかったのは、写真においても「粗密」を意識したものは構図的に良いと感じるのではないかということです。
ただ、写真ってイラストや先ほどの平面コンポジションとは違って、無から有を生み出すものではなく、すでにあるものを使って創作するものなので、なかなか粗密を意図的につけるって難しいなって思いますが、今見える景色をどのように切り取るかというフレーミングのテクニックとして活用できれば良いですね。
フィボナッチ級数の話もしましたが、実際にはそんなに完璧な比率なんてそうそうあるものではないので、結構アバウトで良いと思います!
例えば、こんな感じ。「密」は橋や手前の木々などでしょうか。視線が誘導されます。「粗」は海や空です。橋だけをトリミングしてしまうとなんか余裕のない写真に見えてしまうんですが、海や空である「粗」の面積をある程度大きくとってあげると写真としてまとまりと落ち着きがでてくる気がします。
こういう放射線構図は「粗密」がつけやすいです。消失点である道の先が「密」となり、画面の外側に向かっていくにつれて「粗」が作られます。
モチーフとして人や花などの被写体は情報が多いので「密」になりますね。ロングショットのこのような写真だと背景の割合がほどよい「粗」となって情景が伝わります。
大きくぼかすような写真が良い写真にみえるのは、「粗密」がハッキリついているからだと思います。主役を「密」として浮きだたせ、背景を「粗」としてぼかすような手法は、知らず知らずにやっているのではないでしょうか。
空にもいろいろあって、美しく感じる空と感じない空があります。その差は何かを考えると雲の形の粗密具合にあるんじゃないかと私は思っています。放射線状の雲や、入道雲が写真映えするのは、おそらく「粗密」がしっかりと出ているからなのではないでしょうか。
また今回は作例は載せませんでしたが、モノクロ写真はカラー写真よりも「粗密」の重要度が際立ってくると思いますので、意識してみると良いかと思います。
さいごに
以上、写真における『粗密』の概念についてのお話でした。なぜ黄金螺旋構図が美しく感じるのかといった話にも結果的に通じるお話になりました。今回は割と私の持論的な部分もあったのですが、写真もイラストやデザインと共通する部分があると思っています。
誤解をして欲しくない点としては、「粗密」がない写真は良くない写真だという訳ではないということです。色やストーリー性など、「粗密」以外にも写真の良さに影響する要素はたくさんあります。「粗密」という概念があるんだなあというくらいに思っていただき、日々の写真に活かして貰えれば幸いです。
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