高比良くるま「漫才過剰考察」を読んで

漫才過剰考察

史上初のM-1グランプリ2連覇を達成した漫才コンビ「令和ロマン」のボケ担当、高比良くるま氏の著書「漫才過剰考察」を読んだ感想について書いていきたい。

私は、毎年のM-1グランプリはテレビにかじりついて見るほどお笑いが好きである。2023年のM-1グランプリで若き新風『令和ロマン』が優勝したことは、新たな時代の幕開けを期待させるとても大きなニュースだった。そんな令和ロマンは2024年、信じられないことに前人未到の2連覇を果たしてしまう。これは誰も辿り着けない、いや誰も辿り着こうとしなかった境地である。

そもそもM-1グランプリは人生を激変させるほどの影響力を誇る賞レースだ。貧しい下積み時代を享受しながらいつか“売れる”ことを目指す数多の漫才師、その数千組の中からたった1組だけが「優勝」という名誉を受け取ることができる。賞金として支払われる1,000万は決して高額とは言えない。なぜなら、その後の舞台やテレビでの活躍は約束され、1,000万ごときを稼ぐことはその後の優勝者にとってはたやすいからだ。

それほど人生の大逆転を目指せる大舞台で優勝すれば、この賞レースから退く者が多数だ。数千組の頂点を目指す過程は苦しみに他ならない。その苦しみから解放されたいと思うのが当然である。解放されると同時にまだ日の目を浴びられていない後輩たちに次の席を譲る。それがまともな感覚ではないだろうか。しかし、令和ロマンは2023年の優勝後、「来年も出ます!」と発言した。これには視聴者も半信半疑だっただろう。冗談にしか聞こえない。この発言に驚きと共に嫉妬や嫌悪感を感じた同業者も少なくなかっただろう。

しかし、令和ロマンは有言実行する。実行するどころか2連覇を果たすのだ。令和ロマンのブレインである高比良くるま氏は、どのような思考回路を経てこの驚くべき偉業を成し遂げたのだろうか。そのヒントを本書から見出してみたい(前置きが長くなりすぎた)。

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高比良くるまの1番の魅力は?

本書は大きく3部で構成されている。1部は2023年のM-1グランプリの優勝理由の考察と、昨今の漫才傾向についての分析。2部は賞レースではなく「寄席」についての考察、3部はM-1グランプリ2018の優勝者である「霜降り明星」の粗品氏との対談である。

私が本書を通して高比良くるまが他の漫才師にはない特異性を感じた部分がある。それは、自分が優勝することよりもM-1グランプリをいかに盛り上げるかを考えるというプロデューサー的目線だ。

それについて詳しく述べる前に説明しておかなければいけないことがある。まず、今では有名な話であるが、令和ロマンは決勝の舞台で行うネタを4本も用意していた。これは、用意するネタは2本(決勝の1本+ファイナルの1本)というこれまでの常識から大きく異なる。4本用意するということは、会場の雰囲気や順番によってネタを入れ替えることを前提としていることを意味する。

そしてM-1恒例の笑神籤(えみくじ)による出番順抽選で、令和ロマンはまさかのトップバッターを引いてしまう。歴代のM-1でトップバッターでの優勝ができたのは第1回の中川家のみ。しかも、今より出場組数も少なく採点基準も定まりきれていない黎明期の時代だ。トップバッターは漫才賞レースにおいて最も不利とされ、決勝進出者の間でも引きたくない出順とされている。

4本のネタを準備していた令和ロマンは、このトップバッターでどのネタを選ぶのか。結果的に「少女漫画」というしゃべくり漫才を選択した。その理由として、勝ち上がることはまずないと判断したためだとしている。本大会のファイナリストは「コント漫才」を得意としているコンビが多かったため、できるだけネタ被りが少なく邪魔しない「しゃべくり漫才」を選び、なおかつツカミをしっかりやることでスタジオの緊張をほぐす「前説」に徹することにしたのだ。

そもそも出場者は「優勝したい」という志は必要でも、「M-1をできるだけ盛り上げたい」という意識は必ずしも持つ必要はない。どちらかというと番組側が持つべき意識である。4本のネタから選択するという彼の戦略がなければ実行に移せないことではあるが、前説に徹しようというその割り切った選択が、逆にスタジオの笑いを大きく引き出し、結果的にファイナルラウンドに進むことになった。

この番組を盛り上げたいというプロデューサー的な目線は、第3部の対談においても粗品から「クレイジー」「不健康」「グロテスク」「XXXXX(これは伏字)」とまで評されている。現にその後のABCグランプリにおいて、令和ロマンはM-1優勝者として一番仕上がっているネタをぶつけたのにも関わらずダウ90000に越えられた際に、悔しいよりも大会として盛り上がったから良かったと言っている。これが高比良くるまなのだ。

この新進気鋭の漫才師、高比良くるまの今後の活躍に目が離せない。

以上がこの「漫才過剰考察」を読んだ感想である。ただ、実は一番感心したのは第2部の寄席編であったのだが、長くなるのでここでは多くは書かないことにする。プロが普段の寄席でいかに高度なテクニックを使って客を笑わせているのか。その真髄を感じることができるので、気になった方は是非読んでみていただきたい。

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